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快感工場
 電話でインタビューのアポを取る。
 世界有数の大企業なのに、身分証明書と経歴だけで、インタビューが許可されてしまった。
「この会社の警備、ザルじゃなきゃいいけど……」
 会社の人間ではないため、そこまで心配するほうが、余計な徒労の気がするのだが、これから取材をする大企業は、世界的な需要に応えている企業なので、嫌でも緊張してしまうのだった。
 世界8ヶ所に大規模な工場を持つその企業は人間の性を主な商材としている。
 人間の性的欲求に応えるために、この企業では主に男が8つのモデル、女が8つのモデルのクローンを所有している。遺伝子データはデジタル化されているので、工場の施設内でクローンの生産が可能だ。
 当初は倫理的な問題があったが、この企業が、ロビー活動をして法律を通してしまってからは、誰も何も言えなくなってしまった。
「民主主義より、資本主義だね」
 クローンは各女性モデル、男性モデルとの組み合わせで、それぞれ8モデル、合計16モデル存在する。
 (16×16-16)/2+16の136パターンの組み合わせが存在する。引いて足している16パターンは同じ顔のモデルの組み合わせである。
 三人の組み合わせ、四人の組み合わせ、五人の組み合わせでは更に数が多くなる。三人で816パターン、四人で3876パターン、五人で15504パターンもの組み合わせが生じる。
 つまりこの企業の工場は1万5千パターン程の組み合わせの彼ら彼女らをさらに100万パターン用意し、100億の実験室、500億のクローン人間を工場で稼働させているということになる。
 お客は快楽を求めている人たちだ。男女、男々、女々の組み合わせで、快楽を味わいたいという需要がこの世の中には一定数存在する。
 女に生まれ変わってセックスをしたい。男に生まれ変わってセックスをしたい。などの願望だ。
 そのバーチャル体験が月当たり500円で可能になる。
 そんな商売が売れないはずはなく、株はうなぎのぼり、政界にも癒着が生まれ、法律はないに等しかった。
 私も、家で数回、専用のデバイスを借りて体験してみたが、非常にリアルなため、実際に起きている感覚のように間違ってしまう錯覚がした。
 実際に敏感な部分や、口や舌などが別の人間に触れている感覚を家にいて誰とも会わずに感じることができたのだ。不思議な感覚は今でもの唇に残っている。
 この度取材に向かう企業はそんな企業だった。


 取材当日、私は朝早く起きて、取材用の原稿を確認して、それから出発の準備をした。
 車で、3時間と遠い場所ながら、大規模な土地には一つの街ほどもあるかというほどの大きな工場がそこにあった。
 受付も機械、ガードマンも機械、大きな工場ながら、人間が実際に管理する部分は非常に少ない。
 初めて企業の内部の人間に会えたのは、オペレーションセンターに通された後だった。
 見た目は、ほんとに研究員という出で立ちの年齢は三十代手前の男性が、オートメーションされた機械の管理をしているようだった。
「はじめまして、ようこそ」
「こちらこそ、はじめまして、本日はよろしくおねがいします。」
 丁寧な挨拶にこちらも応対する。
「こちらは、研究助手の新美です。何かありましたらこちらに聞いてください」
「初めまして、新美と申します」
 隣からきれいな女性が白衣を着た格好で話しかけてきた。
「ああ、こちらからも、どうぞよろしくお願いします」
「彼女は、このオペレーションセンターにいますので、まずは私が工場内を案内いたします」
「はい」
と私は応えた。


 エレベーターで2階まで降りると、工場は全体が白色で作られていて、酸化チタンで殺菌を行う。こちらも全体が白い医療室みたいなエリアを抜ける。
 白い刑務所のようなエリアにつくと大きなドアの中には男女複数人が中に入っていた。
「こちらで、彼ら彼女らの脳から性的快感を抽出しています」
「なるほど」
「アクリルの窓から中を覗いてみてください」
 私は窓から閉ざされた部屋の中を覗いた。中では、男女が組み合っていて男が女の中に肉棒を挿入し、ぎしぎしとベッドがきしむ音と、女の喘ぎ声がドア越しに聴こえていた。
「彼らの頭についているセンサーが無線で快感の情報をコンピュータに送ります。また、部屋にそれぞれ設置されているコンピューターが内部の温度、湿度、空気の振動、どのように物質が運動したか、どのように電磁気が発生したかを記録します」
「この部屋内に、様々なセンサーが設置されているということでしょうか?」
「ええ、そうなんです。センサーで得た環境情報と彼らの肉体のコンピューターが管理しているデフォルトの情報を組み合わせ、それに脳から抽出した情報を加えると、どのように脳が肉体と情報をやり取りしたかが判定できます」
「それをエッセンスにしていると」
「そうですね」
 この部屋の中の人間はクローン人間ではあるが、意識が存在するということは人権がある。
「彼らは、この状況を苦痛に感じているんですか?」
 私は、一番気になっているポイントを所員の人に聞いた。
「彼らの遺伝子提供者は、かなりの確率でセックスを好む遺伝子の保持者です。ですから、部屋の中の彼らがセックスを好むか好まないかという二択で言えば、二十四時間セックスを続けていても飽きないほど好きだと言って大丈夫でしょう。もちろん、人間ですから眠りますし、栄養は腕輪や首輪についている点滴の管から彼らに送られます。栄養のバランスも問題ありません」
「はあ、彼らの人生がこの中で完結されていると考えると、不憫に思ってしまいます」
「逆に考えてみてください。ここでは食べ物に困らず、いつまでもセックスをしていられる。そのような状況を体験したいユーザーは多いでしょう。ですから、我々の商品が売れるのです」
「はあ」
 私は、聞いた内容をメモし、ネットニュースに上げる段取りを考えた。すくなくとも、彼らクローンの仕事は別のクローンとのセックスであり、私達の仕事は記事を書くことだ。
 所員さんが話し始めた。
「次は、ここから、しばらく進んだところに、クローンの女性のみが集まっているエリアがありますから、そちらに行きましょう」


 また、しばらく白い大きなドアが並んでいるところを歩いていくと、やがて所員さんは一つのドアの前で止まった。
「こちらが、女性のみの集まった部屋となります。世間的にはレズつまり女性同士のセックスをする部屋となりますかね」
 私は中を覗いてみた。中では、アジア系の女性とインド系の女性が、組み合っていて、自分の股に相手の股を押し付けていて、恍惚としていて自身の絶頂感に彼女らは浸っているようだった。
「隣の部屋は更に人数が多いようですよ」
 所員さんが言って、隣の部屋に移動すると、部屋の中では、先程のアジア系の女性と、インド系の女性、更にヨーロッパ系の女性が三人で相手の恥部にキスを落としていた。
「流石に、この情景にはクラっと来てしまいますね」
と私が言うと
「ええ、これが我々が、人間の所員を多く雇わない理由となります。男性であっても女性であっても、人間に似たクローン人間がセックスしているところに割って入らない保証はありませんからね。できるだけ工場内の人間の数を少なくしています」
と所員さんがコメントした。
 私が、別の窓を更に覗くと、今度は、アジア系の女性、ヨーロッパ系の女性、スラブ系の女性が三人で相手の恥部に自分のものをがんがんと押し付けていた。三人で抱き合っている光景は、私の脳をクラクラさせるのには充分だった。
「やはり、刺激が強いです。少し休憩を頂いてもいいでしょうか?」
「はい、構いません。休憩所はあちらです」
 私は所員さんと共に、休憩所兼物置のエリアへ移動した。
 しばらく休憩を挟んだあと、取材を再開した。


 次の部屋を覗いた私は少し戸惑い驚いてしまった。見たところヨーロッパ系の女性の相手をしているのは同じヨーロッパ系の女性だった。見た目は同じで同個体だということが理解できた。
「この部屋は、同じ個体、モデル同士でのデータを抽出しているのですか?」
「ええ、こちらの個体の性的趣向や、抽出するデータはサーバーからダウンロードされる需要に従って人工知能が自動で変更しています。反映されるまで、一年ほど時間が必要ですが、その分閲覧数は上昇傾向を続けています。弊社の利益の最大化に人工知能は大きく貢献していますね!」
「なるほど」
 見るとヨーロッパ系の、女性は同じ顔のヨーロッパ系の女性に股を合わせ股を相手の股に擦り合わせていた。同じ筋肉量、同じ形なので、共鳴するように同じ揺れ方で二人は揺れていた。私は思わず生唾をゴクリと飲み込んだ。
 その後、インド系の男性一人、ヨーロッパ系の先程の女性が四人というハーレムの状況を窓から覗いた後、今日の取材は一度終了ということを、所員さんに伝えた。また一週間後、この工場への取材の予定が入っている。
 所員さんに挨拶を伝えて、私は車で帰路についた。


 家で記事をまとめて、撮り溜めた写真をどこに配置するか指示書を書いてある程度作業が進んだところで、取材の2日後の午後4時に休憩も兼ねて私は外に気分転換に出た。
 この前取材した企業のライセンス店が繁華街にあったので、そこを訪ねてみることにした。もちろんICレコーダーとカメラを持って……
 ライセンス店に着いてみると、まず受付があり、受付で高めの料金を支払ってから、30分コースでバーチャル体験を買った。建物の2階にはカラオケボックスのような専用の個室とベッド、専用のヘルメットが置いてあった。
 ヘルメットを被ると、明るくないのに明るいという感覚を感じる。ヘルメットの裏が光っているというわけではない。直接視神経に電気的な刺激を送って、映像を脳に認識させている。指を左右にフリックさせると脳からの電磁波を認識したヘルメットが、ガイドを表示させて続いて20秒ほどのサムネ動画を表示させる。
 気になっていたヨーロッパ系女性同士のモデルの交わりを検索すると希望のデータが10000件ほどヒットした。
 その中から、ビュー数が多いものを選択して早速試してみる。
 工場で見た白い空間に、自分と女とが二人でいた。すでに、足を一部交わらせていて、近づいてくるヨーロッパ系の女の発情したアソコの匂いも鼻に直に感じられた。ヘルメットが脳に信号を直接送っているからだった。自分の股間の秘豆も勃起していて、同じ匂いを発している。自分の匂いではないのに、その部分から匂いが鼻に届くことに私は違和感を感じた。録音されたデータなのにリアルタイムで生の女性に秘部を撫でられ、円を描くように秘唇に刺激を加えられているように感じた。指を秘唇の中に秘裂の中に入れられて、人差し指と中指で支えられながら、親指で秘豆をこりこりといじられると、頭が真っ白になって、全身の力が抜けてしまうような感覚に身体中が襲われた。
 爪の切り方まで管理されたクローンによる刺激に、また、自分が感じたことのない他人の身体での快感のため心臓がどくどくと動き、恥ずかしさと、ドキドキでどうにかなってしまいそうだった。
 自分が動かしたでもなく、自分の手に指に相手をしている同じ顔のクローンの秘豆の感触が伝わってきて、指を秘唇、秘裂の中に入れられると途端に、ヨーロッパ系の女性のクローンは、顔を快楽に歪めて、私の中に挿入している指の動きを激しくした。
 お互いに相手の指の感触に激しく喘ぎ、クライマックスにキスをしようとしたところ唇と唇が触れるか触れないかのところで、時間制限となり画面が暗くなり、刺激がなくなった。
「はぁ、はぁ、すごいっ」
と思わず声に出してしまった。まだ続けていたかったが、金額もそれなりなので、今日はお暇することにした。


 家で、ライティングをしたり、別の取材先に行ったりしている間に、あっという間に時間は過ぎていき、あっという間に一週間という時間が過ぎた。
 私は再びドライブをして遠い工場まで足を運んだ、記事を読む多くの人のために自分の才能を生かすんだと常日頃から思っていたことに準じて。
 記事にはいろんな読者がいる。肯定的に捉えたり否定的に捉えたり、自分の心情を強固にしたり、柔軟に新しい見解に見識を深めたりとさまざまだ。
 クレームのメールはすべて出版社から私のもとには来ないようにしているので、どんな記事を書いたところで、私の評価が下がることはない。下がることはないということは上がることもないということで、編集記事に書いてあるペンネームだけが私が書いたことの証となっている。
 追加のインタビューで私が取材したかったのは、オペレーションセンターにいた元クローンだった。工場についたら、以前話した管理職員に挨拶をして、オペレーションセンターで職務に従事しているクローンに話を聞いた。


「改めまして新美です。よろしくお願いします。」
「新美さん、単刀直入にお聞きしますが、あなたはこの工場で生産されたクローンですよね?」
 新美はびくっと体を震わせてから、応えた。
「どうしてそう思われるのですか?」
「ヨーロッパ系のクローンの方と行為を行われていたアジア系の方の顔があなたそっくりだったからです。詳しいお話聞かせてもらってもいいですか?」
 私は、メモをとる準備をしてから訊いた。
「実は、私は、5年前工場で新規に生産されたクローンでした。初めは、セックスが楽しくて、どんな方とでも、それこそ、男性であれ女性であれ、体の扱いに慣れていらっしゃることに加えて、皆さん体を大事にされて、愛のある行為を行ってくださったので……」
「ええ」
「とても、充足した、日々であったと感じています」
「それがどうしてオペレーションセンターに?」
「私ももちろん、人間の性的充足のための仕事のことを誇りに思っていました。女性であれ男性であれ、私が愛したまた愛された行為が記録となって残っていくのですから、誇りにもなります。ですが、」
「ですが?」
「ある時から、何かがおかしいと思い始めました。我々の仕事が、一方方向に向いすぎていたといいますか。例えるなら、人間は生存のために、様々な個性の個体を誕生させます。形質の違った個体をです」
「ええ」
「ですので、その人間の本能が私に語りかけたのかわかりませんが、これは違うということがはっきりわかったのです」
「なるほど」
「うまく説明できないのですが、その気持ちが、つまり、皆が同じ方向にむいている全体主義のような体制が心地よくなくなってしまったのです。ですので、私は仕事には適さないと判断されてしまいました。でも、その過程で良かったのは、廃棄処分であった私を施設の管理職員の方が拾ってくださったことです」
「いつも、応対してくださるあの人ですか?」
「そうです! それが、四年前、生まれてから一年目、そのために生み出された、仕事を放棄した私に恵みを与えてくださいました」
「いい話ですね」
「ですが、これは非常に例外的な措置です。皆が私のような処分になれば、この場所はあっというまに私のような顔で一杯になってしまいます」
「なるほど、それは……」
「あくまでも、私は例外的であるということは揺るぎません。そしてその出来事は、一層私の自尊心を刺激してくれます。より誇りをもって仕事に取り組めるというものです」
「なるほど、そのお話をお聞きできてうれしいかったです。肯定的な記事にするよう努めます。ところで、このオペレーションセンターへは何時から? 以前のお仕事を辞めてからすぐなんでしょうか?」
「ありがとうございます。いえ、すぐというわけではなく最初は、一年ほど廊下の掃除などや、施設内の庭などのお手入れなどをしました。オペレーションセンターでの配属は、三年前からですね。管理する彼らクローンは私の同類なので、施設の方たちからも私は重宝されています」
「なるほど、お住まいは?」
「実は、お金が出るようになってからは、工場の近くよりも、都会に住んでみたいという思いが強くなって…… 実は、〇〇街の△△エリア□□地域に住んでいます。」
「それは驚きました。私もその近くに住んでいます。今度お酒にでも行きませんか? あなたからの他のご意見も伺いたいです」
「ありがとうございます。またお誘いいただきましたら……」
 新美は照れているような表情で答えた。


 その後、記事を書いた私は、新美と親しい仲になり、一緒に酒を飲んだり、一夜と言わず、二夜、三夜と数を重ねていき、挙げ句結婚して、今も一緒に住んでいる。アジア系のクローンはすべて新美と同じ顔をしているので、そのクローンとセックスしても新美の中を感じるし、全世界の男や女に妻を寝取られているようで最近は夜しか眠れない。
【 2019/10/06 12:26 】

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